ミストなサックス

これまでのサックス人生を振り返りながら、サックスを吹くアマチュアプレーヤーの上達のヒントや情報交換の場になればと思い、当ブログを立ち上げました。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

ごあいさつ

「ミストなサックス」へのご訪問、ありがとうございます。

初めまして。サックスをやっている、Taka と言います。

これからサックスを始めたい、サックスを始めたばかりだ、もう何年もサックスをやっているという人など、いろんな方がいらっしゃると思います。

私は、中学1年生からサックスを始め、もう27年になります。

このブログは、サックスの話題に特化した形で、現在アマチュアでサックスをやっている方々に上達するためのヒントとなる情報を提供したり、その他サックスに関する様々な情報交換の場となればと思い、立ち上げました。

以下、私の自己紹介を兼ねて、これまでのサックス歴をご紹介します。

名前: Taka

1968年生まれ

職場で吹奏楽をやっていた父親の影響と、とあるサックス奏者に憧れ、中学入学と同時に吹奏楽部に入部し、アルトサックスを始める。

中学3年間は初心者や中高生がよくやってしまう間違いを一通り経験し、プロの演奏にも衝撃を受けながら練習に励み、中学3年でサックスパートのパートリーダーを務める。

中学卒業後は新設の某県立高校に入学し、吹奏楽部に入部。
他の中学から入学してきた上級者連中に刺激を受け、猛烈に練習を重ね、音大進学からプロの道を志す。

高校の吹奏楽部では、部員同士のトラブルから部員が2名にまで激減して廃部寸前に追い込まれるも、その2名のうちの1人として地道に活動を続け、徐々に吹奏楽部員を増やし、高校3年生の時に、県下でも有名な吹奏楽の指導者の先生が赴任してきたことで吹奏楽部が活性化し、吹奏楽部の部長として学校創立以来の悲願の吹奏楽コンクール初出場を果たす。

大学受験の際には、音楽の道に進むことを両親から猛反対され、音大進学からプロへの道を断念し、某普通の大学に進学。

大学入学後は、小さなアンサンブルサークルに所属し、細々と活動する。

アンサンブルサークルの学内演奏会での演奏が、音大生の耳に止まり、団員のほとんどが音大生という楽団からのお誘いを受け、アンサンブルサークルを脱会してその楽団へ入団。

その楽団では、音大生やプロの先生の手ほどきを受けながら実力を付け、某有名プロの先生のソロの演奏のバックバンドで演奏させて頂くなど、精力的に活動する。

その後、吹奏楽コンクール全国大会に出場し、銀賞を受賞。
その年のアンサンブルコンテストでも全国大会に出場し、金賞を受賞。

大学4回生では、楽団の団長を務める。

大学卒業後は、大阪の某IT企業に就職し、会社の先輩が団長を務める吹奏楽団に誘われ、某一般バンドに入団。

その後、新しく新設される某楽団の創設メンバーとしてラブコールを受け、新設楽団に籍を移す。

新設楽団では、サックスのパートリーダー、木管のセクションリーダーを務め、吹奏楽コンクール県大会では初出場で金賞代表を獲得し、吹奏楽コンクール関西大会では銀賞を受賞。

関西大会での演奏の後、新設楽団を退団。

新設楽団を退団後は、京都の某吹奏楽団に所属したり、京都の一般バンドの依頼でコンクールや定期演奏会にエキストラとして賛助出演したりして、その時のサックスパートのメンバーと一緒にサクソフォーンアンサンブルを結成して、メンバーの指導に当たりながら精力的に活動していたが、メンバーの事情により活動が困難になり、アンサンブル活動を休止。(実質解散)

その後は、大阪、京都、奈良の関西3県を中心に、様々な楽団からのお誘いでエキストラとして定期演奏会や吹奏楽コンクールに賛助出演する傍ら、その賛助出演した楽団のサックスパートのメンバーと交流を深め、その先々でサクソフォーンアンサンブルを結成して、メンバーの指導に当たりながら地域の行事や演奏会などに客演として出演するなど、精力的に活動。

現在は、某楽団の賛助出演の際に交流を深めたメンバーとカルテットを結成し、独立したサクソフォーンカルテットとして活動している。


Taka



スポンサーサイト
プロフィール | コメント:0 | トラックバック:0 |
| HOME |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。